範宙遊泳×The Tadpole Repertory『午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア』

(2017年8月5日 投稿分)

明日、演劇集団 範宙遊泳の新作を観に行く。から、その前に、6月の終わりに観た範宙遊泳とインドの劇団 The Tadpole Repertoryの共同制作作品『午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア』のことを書く。

この公演を観た少し後に、何人かの友人にざっくりとした内容を伝えるためのレポートを書いていたのを折角だから表に出してみる。台本を買えずに帰ってしまったので、次々と移り変わる場所と時間を思い出しながら書いた。

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男1(福原冠):工事現場で働いているとき事故で子どもを殺してしまい、つい最近まで服役していた。日本人。
男2(ビクラム・ゴーシュ):5度も自殺に失敗した。小さなトランポリンを持ち歩き、飛び降り自殺した人を救っている。インド人。
男3(ピユシュ・クマール):怪しい商売をしている?男2の弱み(ドラッグ使用)につけ込んで自殺未遂の人間を自分へと流すように持ち掛ける。インド人。
女1(シャイク・シーバ):何でも屋?「PLUS ONE」に所属。女2の通院に付き添う。インド人。
女2(椎橋綾那):これまでに十数回性病にかかり、余命宣告を受けている。友人役として女1に病院への同行を依頼する。日本人。
女3(田中美希恵):21歳美大生。頭にボウルを被りながら「伝説のサラダ」を求め旅する。「伝説のサラダ」を食べてレポートを書き、美大を首席で卒業しモテたい。日本人。

※日本語・英語・ヒンディー語で話しているが同じ言語を話しているかのように進む。スクリーンには終始、日英の字幕が映る。

朝霧の濃い街が舞台。男1はある日を境に毎日午前2時に目を覚ますようになってしまい、その直後に電話がかかってくる。電話の向こうの女は「寂しくて。ランダムに番号を押したらあなたに繋がった」と言う。困惑する男1に向かって「バーカ」と言って電話は切れる。電話が切れると男1はすぐに眠りに落ちてしまう。それが毎日続く。ある朝男1が履歴に残った番号にかけてみると、女1に繋がった。女1は知らないと言う。「バーカ」と言い放ち電話を切り、女2の病院付き添いへと急ぐ。
女1が女2の家を訪問すると女2はにこやかに自分の病気を憂い、仲良くなった儀式として床に置いたコーヒーカップの中身を手を使わずに飲めと女1を座らせ体を押し、顔を近づけさせる。屈辱だ、と抵抗した女1を見て女2はつまらなさそうにカップをテーブルに置き、2人は病院へ向かう。
自殺防止セミナーで講演を終えた男2の元へ男3がやって来て、男2の弱みを握っていることを明かしビジネスを持ち掛ける。男2は泣きながらその話を引き受ける。
街を歩けば奇異の目で見られる女3。頭に被っていたボウルを置いて道端に座り込んで考え事をしていると、新しいビジネスが決まって上機嫌な男3が前を通りかかりボウルに大量の硬貨を投げ込む。女3は慌ててその硬貨を返そうと男3を追いかける。追いついた女3から「伝説のサラダ」を探していると聞いた男3は「あそこにならあるかもしれない」とレストランに案内する。
病院の待合室にいる女1と女2。「私の知らない楽しいことを教えて」とせがまれ、女1は女2にアルプス一万尺を教える。遊び始めた女2は楽しそうに笑うが、体内の痛みに顔が歪み始める。「次の仕事があって」と女1は立ち去ってしまう。ドラッグの副作用でうずくまる男2が次々と様々な情景を叫び、女2がそれを聞きながら「他には?他には?」と泣き叫ぶ。
サラダを食べ終えた女3は感想を求められ、「食べてしまったら伝説ではなくなってしまう気がする」とこぼし、男3に交際を求める。男3は「今日会ったばかりの相手を好きになるなんておかしいよ」と笑い、去る。女3はしばらく立ちつくし、結局貰ったままになった硬貨を握りしめてレストランに戻り、そのお金でかぼちゃのスープを飲んだ。(このへんで はっぴいえんど『風をあつめて』が流れて、6人が歌った)
午前2時、男1の元へ再び電話がかかってくる。電話の向こうの女と会話しているうちに、気づけば男1の隣には女1が横になっていた。「これは運命だ」と言う男1に、女1は「私たちは皆ランダムに出会っていると思う」と返事をする。
男1のところにも、男3はビジネスを持ち掛けにやって来る。昔犯した罪をもち出され、非人道的な仕事を命じられて崩れ落ちる彼に、男3は「我々は運命共同体だ」と声をかける。(6人が出てきて英語で「運命共同体」と口ずさむ)
明朝、街じゅうに濃い霧がかかり、同じベッドで寝ていた男1と女1は互いの姿を見失ってしまう。霧の中、ベランダの手すりの上に立っていた女2は足を滑らせて転落してしまうがトランポリンを持った男2によって助けられる。霧の中を6人が「何?」と叫びながらぐるぐると走り回る。スクリーンには”お願い” ”Please”の文字が交互に映し出される。霧が晴れると男1の前には女1が立っていた。2人は微笑み合い、同時に同じ言葉を放つ。「何?(WHAT?)」

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異なる言語で当然のように会話する登場人物たち。さっきまで隣り合っていた人とあっけなく別れ他人になり、気づけばまた別の誰かが隣に現れる舞台の様子を見ているうちに涙が止まらなくなっていた。ぜんぶ等価値で寛容でむごい。息ができなくなるような寂しさも、頬のゆるみをどうにもできない程の多幸感もいっぺんに胸に押し寄せてきた。とんでもなく優しくて、救いのある最後で良かったと思った。でなきゃ多分かなりの間、暗い気分を引きずることになってたはず。

この公演は元々インドでのみ行われることになっていたという。インドの人は『風をあつめて』をどう聴いたんだろう。「運命共同体」という言葉の意味は? あと、居たか分からないけど、デリーやボンベイでこの公演を観た日本人にあの曲はどう聴こえたんだろう。より懐かしく、恋しい歌のように思えたんだろうか。

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