範宙遊泳『#禁じられたた遊び』のこと

(2018年12月21日 投稿分)

観たのは11月25日。もう4週間ほど前になる。観た直後は言葉にできず、そのままあれよあれよと自分のことに追われてしまった。この4週間で環境が大きく変わった。
風邪をひいて、友人の撮影の手伝いをして、ようやく環境が変わったことを実感したとき、ふと永井県永井市のことを思い出した。お芝居を観たこと、というより、見聞きしたことを思い出す感覚に近かった。観劇体験も、見聞きしたことなのだけれど。

アスカは兄者と会えたのだろうか、会えたとして、そのときウタはどんな顔をしていたのか。シャープはもしかしたら姉・アンナからのプレゼントを売ってしまったのではないか、マイファニーヴァレンタインは今どこにいるのだろうか―彼らを「こちら側」の人物たちのように思い出す。
それほど、この作品は舞台の上だけで完結せず客席にはみ出してくるというか、客席を侵食してくるものだった。
山本卓卓さんのつくる舞台は、そういう「越境」する印象が強いのだが、今回は前書きからもう、それを一層強く感じた。

“小道具は、毒薬だと目の前の俳優が言い張っても、ほんとうのところは、ただの水だ。
でも目の前の人がそれを毒薬だと言い張るのだから、やはりそれは彼にとっては毒薬なのかもしれない。”

演劇を観る客は、目の前に立つ人が発する言葉を聞き、その人の動作を見る。目の前で間違いなく存在している人が「これは毒薬だ」と示すのを見聞きする。それが本当に毒薬か水かはともかく、役者が存在すること、「毒薬だ」と主張したことは事実なのだ。

“演劇はただ人に属す。”

そこには舞台の「こちら側」も「あちら側」もない。
山本さんが以前、「午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア」の上演後トークイベントで「寛容な舞台をつくりたい」と言っていたが、ステージと客席の間にある(と思っていた)ものをも取っ払い、等価値にしてしまった。舞台に迎えられた観客は、「どこかよその場所のつくり話」と傍観していられない。

そのことが、とても苦しい舞台だった。逃げられない、目を背けられない。
舞台の上の誰もが、自分になり得ると思った。起こることすべてが自分の起こし得ること、自分のすぐそばで起こり得ることだと思った。
起きていること全部が目を背けてしまうくらい苦しいことではない(ウォンとケビン、ジュリ、ビッグボーイ、と、ウタの「アチョー」と遊ぶ姿は、自分の子どもの頃の楽しかった記憶のように覚えている)が、舞台で起こっていることは、この、急速に内外から何か影響を及ぼされることを拒む風潮が高まる日本のどこでも起こる可能性のあることを見せつけられた。

舞台となった架空の街 永井市は、土着の祭祀があるような、どこか閉じた「村的」空気が残る場所だったように感じるが、もっと開けた場所でも、永井市と同じようなことは起こる気がする。例えば、サンタクロースとか、ハロウィンのジャック・オ・ランタンがボボンボ様となって。
閉塞的な空気の充満する空間で狂う人、怒る人、閉め出す人、閉め出される人。絶望をそのまま、まざまざと見せつけられたような気分だった。

本当に逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、確かに存在する目の前の人たちから目が離せなかった。俳優たちは「劇作家の書いたセリフを読む人」ではなく、「個人」としてはっきりと存在していた。だからこそ、余計に恐ろしくもあったのだろうが。
「皆でつくった」という舞台だったからなのだろうか。

もちろん、作品を通してずっと「個人」とその感情を近くに感じて苦しかったばかりではない。誰かが誰かを大切に思っている言葉もまた、強く近くに感じられて、これにとても救われた。舞台のあちこちで、あらゆる人がほかの誰かに気づかれないように布団をかけていた。

“演劇はただ人に属す。”
これこそが、私がどんどん演劇にのめり込んでいる理由なのかもしれない。人そのものが目の前に存在し、そこから物語が広がるから好きなのだ。
観ていて気が塞ぐような感覚もあったが、透き通るような美しい人たちと、彼らが発する言葉が、舞台上に、確かにあった。

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