範宙遊泳「その夜と友達」

(2017年8月19日 投稿分)

上手いこと言葉にできないというより、これを観て、観たその後に起こったことも含めて、感じたことを文字にして打ち出してしまうと、打ち出すときに言葉や感情を無意識に選び取ってしまう気がして書くのを躊躇う。でも生っぽい感覚をもてるのは観てから日が浅いうちだけだと思うから、今のうちにかけるだけ書く。

1度目(2017年8月6日)は大学に入学してからずっと一緒にバンドをやっている友人たちと4人で観に行った。2度目(2017年8月8日)は1人で。

4人で公演を観た後、1年ぶりに集まった私たちは横浜中華街を探索して食べ歩きして、媽祖廟でお祈りして、息もしづらい湿気と暑さの中ダラダラと赤レンガ倉庫の方まで歩き、お茶して、観覧車に乗って、それから山下公園でビニールシートを敷いて真っ暗な中 お酒を飲みながらたっくさん喋った。

劇中に、男2人が夢のような時間を過ごした後ソファで身を投げ出してほうけている時に ナレーションをする男の方が隣にいる親友に向かって、「お前とのさ 日々がさ たぶんずっと光り続けていると思うんだよね 振り返った時に 濁ることなく」 「この輝かしい日々でさ それだけで ご飯何杯でもいけるわ」と言う場面がある。
そう言った男は、言うだけ言って眠ってしまったことを後悔していたけれど、2回目、私は1人で観に行ってその言葉を聞いた時、その2日前、4人で散々遊び回ったことをすぐに思い出した。たった2日前なんだから忘れるはずもないんだけど。

私にとってのそういう、「輝かしい日々」は、間違いなくああいう日のことを指す。あんな、友達のことを描いた演劇を観た後だったから余計にそう感じたのかもしれないけれど、信じられないくらいに笑って、何でも喋って、最寄り駅から家までの道のりが疲れと寂しさとで足が進まずに泣きそうになったくらい楽しかったのだ。
ふらふらとコンビニまで歩いてお酒やおつまみを買い足して、写真をたくさん撮って、1年ぶり、半年ぶりに会ったぎこちなさなんて一瞬で吹き飛んで元に戻って。
本当に、絶対にあの日のことはいつになっても濁らず歪まず思い出すことができると思うし。ご飯だって何杯でもいけると思う。

範宙遊泳「その夜と友達」は、今、過ごしている時間が「そういう日々」に含まれることに気づかせてくれて、その時間がやがて過去になってしまうときのことに思いを巡らせるように促してくれた。

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