(2017年8月7日 投稿分)
一昨日投稿した範宙遊泳『午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア』の観劇後に行われたトークイベントについてもレポートを書いてあったので投稿。
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水谷先生(早稲田大学文化構想学部教授)、夫津木さん(国際交流基金ニューデリー日本文化センター)、山本卓卓(範宙遊泳)、ニール・チョードリ(The Tadpole Repertory)が登壇
水谷先生:コラボのきっかけは?
夫津木さん:国際交流基金の企画によりThe Tadpole Repertoryの脚本家ニールが来日し、範宙遊泳の『幼女X』を観て感銘を受けたことが始まりです。元々私はインドで日本の文化をただ紹介するのではなく、2国間で何かコラボができたら良いと考えていました。2015年に範宙遊泳がインドで講演を行って、そこから2組がワークショップを開催したりと話が進んで行きました。
ニール:範宙遊泳の直線的ではない”丸い時制”を表現するところや、プロジェクションを使って見せるところ、そして空間における役者たちの身体性にとても惹かれた。あとは扱う題材が、不条理な中で美しい緻密さを見せるものだということもすごく良いと思った。
水谷先生:この作品はどのようにしてつくられたのか。
ニール:脚本の段階から山本さんと一緒に作った。山本さんと私でそれぞれ3人ずつキャラクターを描き出すところからストーリーを作り始めた。
水谷先生:”デリー”と”東京”、いる環境が違う中で2人の視線が一致して作品をつくることができたのは何故?
ニール:キーは”デリー”だった。デリーは移住者の街だから、外部から来た人たちの目によって見られることが多い街なんだ。範宙遊泳の皆がインドに来た際、色々な都市を実際に歩いてもらって「住むとは」「街とは」と感じたことを話してもらった。そういう価値観や感覚を共有することで1つのストーリーを作ることができた。できた街は架空の都市だから、デリー、東京、どちらでもない。 6人のキャラクターを作った後は役者1人ひとりにそのキャラクターを発展させてもらった。それがナビゲーターとなってストーリー中の状況の発生や発展をさせていった。山本さんが書いた脚本を1日で訳してもらって、その日のうちに私がそれを読んで書いて…を交互に繰り返した。
水谷先生:範宙遊泳の演劇は観ていると、世間から排除されがちなキャラクターが多く登場している気がするんだけど、それはどうして? 周辺(=排除されがちな人)と中心が当価値に描かれている気がして。そうすることによって希望のようなものが何か見出せる気がするんだけど、どう?
山本:僕は寛容な舞台をつくりたいんです。出る側・観る側どちらも。だから色々な反応があって良いと思っています。この公演を日本でもやりたいと思ったのは、これこそが範宙遊泳の目指していることだったからです。
水谷先生:この作品は”アジアの芝居”であることを強く感じました。インドで『風をあつめて』を聞いたらもっと気持ち良かっただろうな、と思います。インド公演の反応はどうでしたか?
山本:「ここでも笑うか」という場面が何か所もあって嬉しかったです。日本のお客さんはあまり反応を表に出さないので。
ニール:4都市で公演したが、それぞれ反応が違った。それぞれの都市の性質が反応に現れたと思う。例えばバンガロールでは、「日本的なストーリーだ」という声を多くもらった。ボンベイは人口の多い工業都市なんだけど、個人レベルで展開されるストーリーに個々が感動している様子だった。デリーも同じ感じで、自分の内側でストーリーを一般化して、そこから得た感覚や感情を自分の中に落とし込んでいた。
逐次通訳が入っていたため時間が押しに押してここで終了。
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『午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア』が、場所も時間も霧の中に曖昧に溶けてしまっているような作品になった理由が少し分かったような気がした。その霧の中でも登場人物1人ひとりがはっきりと生きていた理由も。
範宙遊泳の芝居を観るのはこの時まだ2回目だったけど、縦横無尽な感じというか、スイスイとすり抜けていく感じは、山本卓卓さんのいう「寛容な舞台」だからこそ受けられる感覚なのかもしれない。